今回はアニメ「PSYCHO-PASS」の世界観について解説していきたいと思います。

物語の舞台は近未来SFであり、この作り込まれた世界観が面白さに拍車をかけているのですが、この世界観がかなり難しいです。

というのも、PSYCHO-PASSはアニメ作品の中でもかなり大人のファンが多いです。

筆者も大ファンで大学生ながらソロで映画館に向かいましたが、仕事帰りのサラリーマンの方々が劇場の半数近くを占めていました。

つまり、大人が楽しめる作品。ある程度の理解力とそれによってもたらされる奥行きの深い世界観とキャラクター達の心境を楽しみ、考えるのがPSYCHO-PASSの醍醐味となっています。

物語を深く理解すればするほど面白くなるPSYCHO-PASSを最大限楽しむために

  • あまりよく物語が理解できていない
  • 面白さがイマイチと感じている

そんな人達に向けて、PSYCHO-PASSの「面白い所」や「世界観」をがっつり掘り下げていきます!

シビュラシステムによって、人の意思・思考が電子化された近未来世界

アニメPSYCHO-PASSの社会背景は、抽象的に表現すると、この一言です。

PSYCHO-PASSの中の日本には、「シビュラシステム」というAIシステムが存在しています。

この「シビュラシステム」は中立で、この世界における絶対的な存在です。

そのシビュラシステムの役割は、人間を数値化することです。

人々が住む街の中には至る所に、数値化するための特殊なセンサー機能が搭載されているカメラが無数配置されています。

数値化出来ないはずの人間を数値化した「犯罪係数」

何を数値化しているのかというと、「犯罪を犯す確率」というのが一番無難な捉え方だと思います。作品を見ていく中で「これを何と捉えるか」というのもPSYCHO-PASSの楽しむ所なので、ここの捉え方は人それぞれで良いです。

その数値は作中で「犯罪係数」と呼称されてます。

この「犯罪係数」を参照すれば、その人物が「犯罪を起こすであろう人物」かどうかを判断することが出来ます。

しかし、「犯罪を犯す確率」というものを数値化するには、その人の心理や性格といったものが必要になります。

つまり「犯罪係数」を出力出来ているシビュラシステムは、人の心理や性格などを理解していることになります。

現在でも、適性職種を割り出す質問や性格診断などが存在していますが、迷った時の参考程度的な信頼度であり、だからこそ問題にはなっていません。

しかし、技術の進化によりシビュラシステムは人々から絶対的な信頼を得るほどに、人間を正確にデータ化しカテゴライズすることが出来てしまったのです。

「シビュラシステム」に支配されている国民

性格も人間性もシステムで分かってしまうのですから、適性職種や学校、着ていく服の好みなどが、この世界ではシビュラシステムによって管理されています。

システムに言われた学校に進学し、仕事に就き、出された服を着ていきます。(服も電子化されておりボタン一つで着脱が出来ます。)

今挙げた例の他にも、色々なことがシビュラシステムを中心をして決定されていると思いますが、これらは本来、当事者たちが各々で考え、自ら決めるべき事です。

そうして、自分の未来を自分で決定し、その責任を背負うからこそ「意思」が生まれ、「個性」を持った人間となるのです。

それらをシビュラシステムに任せ、考えることを辞めてしまい、あまつさえ「それが正しく正常なこと」だと認識している国民は、「シビュラシステムに支配されている」といって差し支えないでしょう。

「国民の意思シビュラシステム」による潜在犯認定

従うことが正常だと人々に認識されているシビュラシステム。

では、この人間の心理も性格も正確に読み取ってしまうシビュラシステムが、とある人間を犯罪者だと言えばどうなるでしょう?

シビュラシステムは国民全員の意思。そのシビュラシステムが「犯罪者」だと言えば、それはもう国民全員から「お前は犯罪者だ」言われているのと変わりません。

シビュラシステムがその決定を下すのに参照するのが、「犯罪係数」です。

つまり・・・
「犯罪係数」が100を超えると、「潜在犯」とシビュラシステムから認定されます。 「潜在犯」は犯罪者予備軍として特殊な施設に収容され、メンタルケアを行うことにより、犯罪係数が安全圏に達するまで永遠に閉じ込められます。 また、犯罪係数が300を超えると、「社会に必要ない人間」と認識され、排除されます。潜在犯のようにメンタルケアなどは行いません。

犯罪者へと認定する基準が犯罪を犯したかどうか、ではなく犯罪係数が基準値以下かどうかによって決定されているのです。

つまり、犯罪係数が基準値以上の温厚な人でも、潜在犯となり施設へGOです。

シビュラシステムの確立により変化した警視庁

シビュラシステムが出力する「犯罪係数」により、警視庁の体制は大きく変わっています。

現在は、犯罪が起きてからその調査、必要であれば証拠探しや犯人捜しをします。

しかし、犯罪係数により犯罪者予備軍を片っ端から施設送りにしているPSYCHO-PASSの日本では、良くも悪くも犯罪の数自体減っているのでしょう。

実際に出動している描写があるのは、主人公達が所属している公安局刑事課の刑事くらいです。(潜在犯を裁く「ドミネーター」を扱えるのがそもそも刑事課だけってのもあると思いますが。)

犯罪係数が基準値以上の人間が街の中にあるカメラに認識されると、その人間の現在地から素性までが分かるようになっています。ので証拠探しも犯人捜しも必要ありません。

しかし、作中では慢性的にシステムの目をかいくぐり、犯罪係数を隠しながら生活している潜在犯がいます。

国民が絶対的な信頼を寄せているシビュラシステムが出力している犯罪係数は、その信頼を裏付けるかのように正確で、そうした潜在犯が起こす犯罪しかおそらくはもう起こっていないと思われます。

それにより代わりに、導入されたシステムが「監視官」「執行官」です。

主人公達は、警視庁公安局刑事課一係に所属しています。一人の監視官と四人の執行官で構成されています。二、三係もあり、構成体制は酷似しています。

彼らの役割は、上記のようなシステムをかいくぐった潜在犯が起こした事件の対処です。

こうしたイレギュラーな事件の場合に限り、現代のような犯人捜しや証拠探しをする必要があります。また、そうした潜在犯を逮捕、場合によっては殺処分するのも彼らの仕事です。

シビュラシステムの判断により、潜在犯の思考は潜在犯の方が想像することに長けているとされています。

そのため、シビュラシステムに選ばれた潜在犯のみが、犯罪係数を基準値オーバーのまま、「執行官」として、世に出ることを許可されます。

多くの潜在犯は、「施設よりまだマシだ」と言い執行官になります。そりゃそうですよね。

ただ、シビュラシステムはバカではないので、この執行官が暴走しないように見張りを付けます。

それが「監視官」です。

この監視官には、執行官の「管理権限」があります。文字通りの意味です。

執行官である彼らの魔が差し、暴走でもしようものならその場で即殺処分することが許可されています。

執行官を含め、潜在犯は「おおよそ人と呼べるような扱いは受けていない」のだとこの描写から推測出来ます。

監視官と執行官は、現代には存在しない「ドミネーター」という銃の形をした武器を用いて事件解決にあたります。

ドミネーターは、打つ対象者の犯罪係数によって威力が変化します。

犯罪係数が100以上だと、体の自由を奪うショック銃のように。300以上、つまり「必要の無い」人間には、殺傷能力が高く、直撃すれば体が内部から弾け飛ぶ超威力銃に変化します。

それぞれ「パラライザーモード」「エリミネータモード」と呼称されています。

シビュラシステムは、この「ドミネーター」が乱用される可能性も考慮し、トリガーのロックは常に掛かっています。

照準を対象に向け、対象者の犯罪係数が基準値オーバーだった場合にのみ、ロックが解除され使用が可能になります。

それに加えて、使用者がそもそもシビュラシステムが許可した人物でないと、トリガーは解除されません。

なのでまあ、現状は公安局の刑事にしか扱うことは出来ず、武器の乱用に対するシステムもよく出来ています。

システムに依存し、体温を失った無機質な日本

シビュラシステムに多くをほぼすべてを管理されている未来の日本ですが、「PSYCHO-PASS」のテーマといってもいい「正常な人間」と「潜在犯」の境界線。

この境界線は、本来間違ってはなりません。人一人の人生を大きく左右する重要なことだからです。

現在の日本ではもちろん、人間が犯した犯罪に対し、同じ人間である裁判所の職員が判断を下します。

それも何人もの人間が、かなりの時間をかけて慎重に。時には、一般国民の意見も取り入れます。

多くの人間で考えることで、判決をできる限り相対的に下しているわけです。

現在の日本では
犯罪を犯した人が「悪」なのかどうか。「正常な人間」なのか「潜在犯」なのか。毎度毎度考え抜いてそのシビアな境界線を引いているのが現在の日本です。「悪」を具体的に定義するような水準は存在していません。(同じ法に違反しても、ケース毎に判決が異なっていることから)

1人の権力者が暴論を振りかざしても、判決の裏には大多数の人間の総意である複数の「壁」があることより、間違った判決が出ることはあまりありません。

対し、PSYCHO-PASSの日本は違います。

上記されている通り、シビュラシステムが「悪」を定義する水準になっています。

PSYCHO-PASSの世界では
犯罪係数」が基準値と比較して上か下か。これだけで「正常な人間」か「潜在犯」かが決まります。

その境界線である「壁」が一枚しか存在していないんです。

加えて、そのことを当たり前に受け入れている国民。シビュラシステムに依存していると言ってもいいでしょう。

たとえ間違った潜在犯認定で、一人の人間の人生が悲惨な方向に向かってしまったとしても。誰一人として、国民は異議を唱えることはないでしょう。

やはりPSYCHO-PASSの日本に住む人々に、「意思」は存在していません。

一度目を瞑り、この日本を想像してみると、冷たすぎて背筋が凍ります。真冬のコンクリートのような無機質な冷たさです。

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PSYCHO-PASSの面白さ・楽しみ方

アニメPSYCHO-PASSは、作者が本を2000冊以上読んでいるため、SFモノに欠かせない細かな世界観が非常に繊細に作り込まれています。

ので、この創られた世界について考え、「作者やキャラクター達が何を伝えようとしているのか」自分なりの答えを導き出すのが最も適している楽しみ方と言えます。

考えるテーマは見ていれば無限に出てくるのですが、ここでは筆者が放送初期から考えているテーマを参考までに紹介したいと思います。

絶対的正義シビュラシステムの影に潜む登場人物の正義

PSYCHO-PASSでは、「常森朱」という監視官と「狡噛慎也」という執行官の二者の視点から物語が構成されていきます。

今回は、世界観の掘り下げ記事なので、省略しますがキャラについての掘り下げはまた別の記事で紹介するつもりです。

この二人を含め重要な登場人物は、他の国民と違いしっかりとした「意思」をもっています。

シビュラシステムによる支配で多くの国民は「意思」を失い、自分で考えることを放棄しています。

そのせいで、システムに管理されている現状に違和感を覚えていません。

しかし、少数ですがこのシビュラシステムによって管理されている日本に対し、明らかに狂っている現状を自覚しているのが、警視庁公安局の一部の人間と執行官、そして潜在犯です。

この三種の人間は、「狂っていない」わけです。「意思」を持ち、自分で考え自ら決定する。言うなれば、失われた人間の姿です。

この設定はかなり興味深いですよね。正常な国民が失ってしまった「意思」を、潜在犯は持っているわけです。

主人公達は、当然シビュラシステムに違和感を持ちますが、行動を起こすことはできません。

なぜなら、日本がシビュラシステムによって支配されているからです。

シビュラシステムが間違っていることを国民に示し、システムを廃止すると何が起こるか。

「シビュラシステムという国民の意思」を失った国民は、おそらく自分で何も決められないでしょう。

長年、考えることを放棄してきたPSYCHO-PASSの世界の日本国民にとってそれは、自分の意思を失うのと大差ないでしょう。

日本と国民を歪めているのはシビュラシステム。しかし良くも悪くも、それで国として機能している日本。

警視庁公安局の一職員にすぎない主人公の「常森」がそんなことを単独で行ったところで、日本は潰れてしまうだけです。

作中で「常森」はこの課題に対し、取り組んでいきますが、様々な問題が次々と立ちはだかります。

このとき、これがあなた自身ならどうするか?

何を以て「人間」とするのか

PSYCHO-PASSの日本において、「人間」とはなんでしょう?

あえて定義するなら、「犯罪係数が基準値を超えていないシビュラシステムに従う人間」です。

この世界では、人間の定義すらもシビュラシステムに任せているのです。

ここでの物語のテーマ
では、私たちの目から見て 「潜在犯」は人間ではないのでしょうか。シビュラシステムから「正常な人間」と判断されている、「意思」を持っていないロボット同然のような国民たちは、人間なのか。シビュラシステムが「人間」を定義付ける基準ならば、シビュラシステムが崩壊したとき、誰が自分を人間と証明してくれるのか。

この「人間は何を以て人間と呼べるか」というテーマは、PSYCHO-PASSの作者が物語を通して、私たちに問いかけているものだと筆者は考えています。

あなたはPSYCHO-PASSの世界で、「人間」と呼べるものはなんだと思いますか?

シビュラシステムが認めた「悪」は「悪」か?

シビュラシステムが「犯罪係数」を参照し、出した判決によって「正常な人間」か「潜在犯」か判断されます。

要は、シビュラシステムが「悪」と認識したものが、「悪」そのものであり、それは潜在犯です。

ここでの物語のテーマ
ではもし、シビュラシステムが殺人を許容した場合、どうなるのか。 シビュラシステムそのものが、犯罪を犯していた場合、誰がシビュラシステムを裁くのか。

この場合、シビュラシステムを裁くと同時に、日本の基盤が無くなり日本崩壊が始まることも考慮しながら考えなければなりません。

「悪」を裁くはずのものが「悪」だった場合、何を以て「悪」と判断し裁くのか。

現代の日本には、民衆の意思がしっかり存在しているので、各々が自分で考えこの答えを導き出せるでしょう。

しかし、PSYCHO-PASSの世界のほとんどの日本国民は、それが出来ません。

さあ、こうなったときあなたなら何を「悪」とするのか

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まとめ

こういったような、「自分が当事者ならどうするか」「この世界での正しさとは何か」

などの哲学染みた考察を立て、自分で考え、結論を出すのがアニメPSYCHO-PASSの醍醐味だと筆者は考えています。

綿密な考察を立てられるほど、PSYCHO-PASSの世界は良く考えて作られていて、こういった考察が捗ります。

なぜここまで考察が哲学らしくなるのかというと。

そう遠くない将来に、日本がこうなってしまう未来が容易に想像できてしまうからです。

遥か昔、どこかの遠い星で…..とかではなく、ほんの数十年後の地球の日本で起こっているSFです。

だからこそ、真剣に考察に取り組むファンが多いです。

最近公開された映画では、先ほどの考察のテーマの【シビュラシステムが認めた「悪」は「悪」か?】という疑問を中心として物語が構成されています。

しかも、題材は実際に海外の国で起こっている問題などを採用してます。

今現在、確かに起こっている問題と混ぜ合わせて、作品のテーマを問いかけてくるので本当に考えさせられます。

大人のファンの方が多いのも、こういった現実世界と絡めた考察を楽しめるからだと思いますね。

さて、長々とPSYCHO-PASSの世界観とその魅力について掘り下げていきましたが、

如何だったでしょうか。

  • 最近アニメの考察を立てるようになってきた
  • 哲学書などをよく読む

といった方々には特におすすめのアニメです。

最後に
PSYCHO-PASSを見てどう楽しめばいいか分からなかった人が、この記事を見てPSYCHO-PASSの楽しみ方を見つけられますように。

それでは、また次回。